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せんどうらっぽ〜インドにもチベットにも行かずに自分探しが出来た話〜

第一章 邂逅  2

大阪市の一番東の端。

大阪城からは鬼門と呼ばれる方角。

 

駅を降りて5分ほど歩いた国道沿いのいわゆるスナックビルの6階に、

わたしが勤める「スナックありす」がある。

 

最初は客として、当時付き合っていた男に連れられてたまに飲みに来ていたのだけど、

ママのありすと妙に馬が合って、男と別れてからも通い続け、いつしかそのまま従業員になってしまった。

 

「スナック」とは言ってもカウンターだけではなくソファのボックス席が3つあり、キャストの女の子も20代後半に突入したわたしの他には、ハタチそこそこの可愛い子が4人在籍している。

 

「ラウンジ」を名乗っても良さそうな構えだが、営業時間が午前1時までの縛りがある「ラウンジ」より、時には明け方の5時近くまで楽しんでもらえる「スナック」であることに、ありすママのこだわりがあるらしい。

 

場所柄お客さんも地元の人か仕事帰りのサラリーマンがほとんどで、キャストの出勤が少ない日などは客同士で盛り上がってカラオケ大会になっている。

 

 

桃はありすママが5年前に1人でこの店をオープンした直後からの常連である。

 

年齢は37歳と聞いているが、ここ数年いつもその歳らしいので本当はもう少し上なのかも知れない。

 

いくつかの業界の休業日のせいで仕事帰りのサラリーマンの来店が極端に減る水曜日を好むが、その理由は「仕事の愚痴が聴こえてくるのん嫌いやねん」という彼の言葉で判明した。

 

彼自身がどういった仕事をしているのかはっきりとは話さない。

いつもTシャツにジーンズというラフな服装であることからも少なくともサラリーマンには見えない。

 

ただそんな彼の言葉で、かなりの数の客や女の子たちが救われてきた。

かく言うわたしもその一人だ。

 

 

永島は昨年末に彼が勤めている会社の忘年会の二次会で、同僚の4人と一緒に飛び込みで流れてきた。

 

酒の飲めない永島と違い他の4人はすっかり出来上がっていて、カラオケのマイクを離すことなく大いに盛り上がった。

 

お決まりのようにその一団はそれっきりになっていたのだが、3か月ほど前の雨の夜、永島が1人でふらりとやって来た。

 

その後頻繁に顔を出してくれるようになり、21歳の愛ちゃんから「雨の日はお客さんが少なくてピンチ!」と聞いてからは積極的に雨の日に来てくれるようになった。

 

カウンターに座ってソフトドリンクを飲みハイトーンボイスでカラオケを歌って帰っていく。

居合わせた他のどのお客さんとも楽しく時間を過ごす、いわゆる綺麗な客だ。

 

ママの好意でカルピスのボトルをキープするようになってからは、徐々に永島自身の話もしてくれるようになった。

 

永島が勤める白平(はくへい)印刷株式会社は、スナックありすから見て駅の反対側の住宅街の中にあった。

 

本社営業部の他には車で20分の場所には印刷工場を構え、東京には3人の社員が常駐する営業所もある。

 

従業員数25人で年商は6億。

永島曰く、印刷会社にしてはそこそこの規模の会社らしく、彼はその本社営業部に所属する今年30歳の営業マンである。

 

だがこの一ヶ月、永島は少し沈みがちに見える。

表向きは他の常連客ともわいわい騒いでいるし、歌も良く歌う。

 

しかしいつもの底抜けの明るさではなく、何か嫌なことを振り払うかのような不自然なはじけ方だと、わたしは感じていた。

 

 

そこで、桃である。

 

もともと永島と桃は来店する曜日がかぶっていない為、今まで一度も会うことがなかった。

サラリーマンらしく本来は金曜日を好む永岡と、比較的客が少ない水曜日を好む桃。

 

ここしばらく不思議と水曜日には雨が降らなかったこともあり永島を呼び出す口実もなかったが、今日は雨降りの水曜日だ。

 

二人を会わせるには格好のタイミングだ。

夕方から雨が降るという天気予報を見た今日の昼過ぎから、わたしの作戦は始まっていた。

 

時刻は21時を少し過ぎていた。

 

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鈴琴 皐月

鈴琴 皐月

せんどうらっぽ〜インドにもチベットにも行かずに自分探しが出来た話〜

小説家・WEBライター/ 「せんどうらっぽ」は大阪の下町にある一軒のスナックを舞台に、 そこに訪れた若手ダメ営業マンの成長物語。

  1. 第三章 営業  17

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