あれから何テイク繰り返したのだろう。
結局何度試してみても、『ブティック サモア』で服を購入する結末にはならなかった。
「おかしいなぁ。本ではまるで催眠術にでもかかったみたいに買っていったり契約書にサインしたりしてんのに」
永島はせわしなくページをめくりながら、それが書いてあるであろう箇所を必死で再読している。
「だから桃ちゃんもゆうてたやん。そないせえな本なんか売れへんて」
「どっかにカラクリがあるんですよ、絶対!」
「カラクリじゃなくて使い方ちゃう?」
「あ、塔子さんまで僕をダメ人間みたいにゆう!」
「そこまではゆうてへんけど、桃ちゃんがゆうように得手不得手があるんちゃう?」
「なんぼ僕が素直でええ子すぎるから不得手やゆうても、ことごとく塔子さんに言い返されて言い負かされましたからね」
「やっぱり服屋の設定に無理があったとか」
「どんな設定でも使えるはずなんですよ!魔術師がゆうてはるんですから!」
「でもあかんかったやん」
「そやから考えられるとしたら・・・」
「なに?」
「塔子さんが特別めちゃめちゃ性格が悪いんちゃいます?」
「しばくで」
「すいません」
永島は巨体を小さくして頭を下げた。
「結局僕ら以外誰も来ませんでしたね」
永島は無理やり話題を変えようとして、ことさら明るく言った。
「ホンマやな。まぁでもこんな日もあるよ」
「僕はゆっくり桃さんと話が出来てラッキーでしたけどね」
「うん。それにほら。」
わたしはまだ大量と言っていいぐらい残っているたこ焼きに目をやりながら言った。
「あ!忘れてた!さらにラッキー!」
永島は桃との話のくだりよりさらに嬉しそうな声を出した。
今日の不完全燃焼分は来週に持ち越しだ。
その時にまた二人の会話でわたしも勉強することにしよう。
もちろん借りた永島の本でしっかり予習もするつもりだが。
「さて、じゃ僕も帰りますね。僕かて明日も仕事ですし」
唐突に永島が立ち上がった。
「うん。今日もありがとう」
「こちらこそ!早よから押しかけてすみませんでした」
早すぎたのはわかってるんや、とわたしは思ったがもちろん口から出たのはまったく違う言葉である。
「ぜんぜん。来週もお待ちしてます」
残っていたたこ焼き数パックを袋ごと永島に持たせながら、わたしはそう声をかけた。
「塔子さんはいらないんですか?」
扉を出る際に永島はたこ焼きの袋を持ち上げてわたしに尋ねる。
「大丈夫。もういっぱいいただきましたから」
「ホンマですか?ホンマにぜんぶもろて帰ってええんですか?」
「どうぞ。桃ちゃんもあんなに美味しそうに食べてくれるサモアさんに持って帰ってもらえるのん嬉しいと思うで」
「ほな遠慮なくいただきます」
永島はやっぱり大事そうにたこ焼きを抱えた。
「帰ってソッコー寝る感じ?」
エレベーターを待ちながら、わたしは永島に問いかけた。
「いえ。今日聞かせてもろた桃さんのお話をまとめとこ思てます」
「え?メモなんかしてた?」
そんな素振りはまったく感じなかった。
「録音させてもろてました」
永島は小型のICレコーダーを内ポケットから取り出した。
「あ、そうなんや」
二つのことでびっくりした。
一つはそんなことをしてるとはまったく知らなかったからだ。
と言っても、後で聞き返されて困るようなことをしゃべったつもりはないのでそう目くじらを立てるようなことでもないが。
ただ次回からは注意しようと、心に決めた。
「めっちゃ勉強熱心やん」
差し障りのない、もう一つの驚きのほうを口に出した。
「せっかく時間取ってもろて教えてくれてはるんで」
「えらいなぁ。ゆうても今日5時間ぐらい店おったけど、たこ焼きのくだり抜いたら1時間ぐらいで済むんちゃう?」
「そんなわけないでしょうが!」
永島はたこ焼きをだいじそうに抱えて、大声でつっこんだ。
「あ、もちろん桃さんには了解もろてますよ!」
エレベーターに乗り込みながら、永島は取って付けたように話した。
「もろてなくてもなんもゆわへんと思うけど」
「まぁいちお礼儀として、先週許可もろときました」
わたしに対する礼儀はないんかいっ!と、今日何回目かの心の中だけのつっこみがまた発動された。
やっぱりこいつは大事な何かが抜けている、と改めてわたしは思った。