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せんどうらっぽ〜インドにもチベットにも行かずに自分探しが出来た話〜

第三章 営業  15

「えっ?!もう1時まわってるやん!」

突然桃が叫んだ。

 

「おれ明日朝一で奄美大島まで行かなあかんねん!」

「バカンスですね!うらやましい!」

永島が心の底からあふれ出る思いとともにそう言うと

「ちゃうがな!仕事やがな」

桃が即座に否定した。

 

「え、仕事ですか!」

「そやねん。なんか奄美大島でなんかの特許を持ってるおっさんがおってなんか商談するから付いて来て欲しいゆわれてん」

「なんの用事で何しに行かはんのかさっぱりわかりませんけど、仕事やゆうのは伝わりました」

「ゆうことやから続きはまた来週にしよ!」

「来週もお願いできるんですか!」

「ってか、おれはどちみち来週もここにいてるから、サモア君も良かったらおいで。またしゃべろや!」

「はい!お願いします!」

永島は今日一の返事を返した。

 

「ほな帰るわな。ホンマは日付変わる前にベッド入りたかったのに!」

「どうせそんな早よ寝られへんやろ!」

わたしのつっこみに対し桃はわたしを指差して「正解!」と答え、そのまま急ぎ足で帰って行った。

 

「嵐のように帰って行ったね」

桃の出て行った扉をいつまでも立ち尽くして見送る永島に、わたしは声をかけた。

 

「忙しい人ですね」

永島は気づいたように腰を下ろしながら、そう答えた。

 

「ところでサモアさん!」

わたしが呼びかけると「はい!」と、永島は良い返事をした。

 

「なんですか?改まって」

「さっきの話に出てた“イエス-バット”てなんのこと?」

そう。わたしは話の腰を折りたくなくてずっと聞き流していたが、途中から二人の会話にまったくついて行けてなかったのだ。

 

「塔子さん、わかってはらへんかったんですか?」

「ぅぐ・・・。恥ずかしながら」

「いやいや、恥ずかしないすよ!営業トークの一種なんですけど、そんな名前まで知ってる人はほどんどおらへんのちゃいますか」

「そうなんかなぁ」

「あ、良かったらこの本お貸ししましょか?」

「え・・・。さっきその本ちらっと見たけど字ぃばっかり・・・」

「塔子さんも本は嫌いですか?」

「小説とかハマり出すとずっと読んでたりする時もあるけど、そっち系はなんかダラダラ感じてしまってすぐ眠なんねん」

「めっちゃわかります」

「わかってくれる?」

そう言って二人で笑い合った。

 

「でも一回貸して。がんばって読んでみるわ」

「あ、読まはります?」

「読む!二人の話に付いて行かれへんのおもしろないもん」

「どうぞ。僕もがんばって読みました。」

永島は笑いながらそう言って、わたしの前に本を置いた。

 

「読むには読んでみるけど、一回サモアさんからもかいつまんで説明してみてよ」

わたしは永島にそう言ってみた。

 

「説明ですかぁ?」

永島は明らかにめんどくさそうな顔をして答えた。

 

「ホンマにサモアさんが本の内容を理解してはんのか確認の意味でも、ほら!」

続けてそう言ってやると

「わかりましたよ!そこまでゆわはるんやったらしっかり説明さしてもらいますよ!」

と、見事に安い挑発に乗ってきた。

 

「とりあえず今日はもう遅いんで“イエス-バット話法”だけですよ。あとはご自分で本を読んで勉強してくださいね!」

「ケチくさいなぁ。まぁでもわかった。そうするわ」

残念ながら“イエス-バット話法”についても、永島からではなく本を読んで勉強するつもりだ。

もしどうしても理解できなかったとしても、その場合は間違いなく永島ではなく桃に質問するだろう。

 

「そもそも“イエス-バット話法”とゆうのはですね。まぁいわゆる応酬話法の一種でして・・・」

 

帰る間際になって放たれた桃からの言葉によって少し固さを見せていた永島の表情は、わたしという自分よりもっと無知な生徒に自らが学んできた成果を披露するという事実を得て、再び本来の明るさを取り戻しつつあった。

 

「一回二人で客と店員みたいな設定にして、コント形式でやってみましょうか!」

それはロープレというのでは?というわたしのつっこみはやっぱり今回も口には出さず、ここはおとなしく生徒役に徹することにした。

 

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鈴琴 皐月

鈴琴 皐月

せんどうらっぽ〜インドにもチベットにも行かずに自分探しが出来た話〜

小説家・WEBライター/ 「せんどうらっぽ」は大阪の下町にある一軒のスナックを舞台に、 そこに訪れた若手ダメ営業マンの成長物語。

  1. 第三章 営業  17

  2. 第三章 営業  16

  3. 第三章 営業  15

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