「ところで、それなんの本?」
わたしの存在を忘れてしまっているように本を読むことに集中している永島に、やっとカウンターの中で落ち着くことが出来たわたしが尋ねた。
「あ、これですか?」
永島の顔は“よくぞ聴いてくれました”感でいっぱいになる。
「先週、桃さんと話が出た営業の本です」
「あぁ、サモアさんが一所懸命読んでるけど一向に成果の上がらへん営業の本?」
「ぅぐっ、まぁ簡単にゆうたらそうゆうことです」
「むずかしゆうても変わらんくせに」
「いやまぁそうですけど!」
「え?ほんで?また読んでんの?」
「ちゃうんです。どんな本を読んでたのか聴かれたら見てもらおと思いまして」
「桃ちゃんに?」
「そうです」
「ふーん」
「『ふ-ん』て興味なさそうに!」
「あぁごめんごめん。でも桃ちゃんも昔営業やってたことあるらしいから、ええ話を聴けたらいいね」
「あ、あの方営業もしてはったんですね」
「わたしもありすママから聴いただけやから詳しくは知らんけど」
「やっぱりめちゃめちゃやり手の営業マンやったんでしょうかね」
「それは知らんけど、桃ちゃんのおかげで生き返った営業さんやったら知ってる」
「生き返った??」
ホラー的な表現に永島の目が白黒してしまった。
「お客さんで一人、自殺寸前みたいな人がおってんけど、桃ちゃんと会って話すようになって迷惑なほど元気にならはってん」
「良し悪しですね」
永島はそう言って苦笑いした。
「お客さんてことは僕も知ってる人ですか?」
「知ってると思うで。あの愛ちゃんを追っかけてる工員三人組おるやん?」
「はいはい、あの元気な若手三人組」
「そう。あの人らとたま~に一緒に来るちょっと年配のおじさま、わかる?」
「おじさま?そんな品のある人ここのお客さんにいましたっけ?」
「品のええ人はなんぼでもおるわ!」
「そうですね、すいません」
永島は慌てて謝罪した。
わたしはともかく、そんな言葉がママの耳に入ったらもっと怒られることを彼は知っている。
「でもあの子らの仲間に『おじさま』感のある人・・・」
「あ、そこはごめん。『紳士』みたいな人を想像してるんやったらぜんぜんちゃう。そうゆう意味では『おっさん』やわ」
わたしも謝った。これでおあいこだ。
「あ!」
永島は思い当たったのか、突然大声を上げた。
「おった、おった!あの人ですか!」
たぶん正解だ。
「あの、ハゲ散らかしたおっさんですね!」
「散らかってはないけどね」
若干の暴言とともに言い当ててから、永島は意外そうな顔をした。
「あの人が自殺しそうやった?」
永島は独り言のようにつぶやいた。
「いやでも、あの人めっちゃ明るいすよ。ようしゃべらはるし、おやじギャグゆうかしょうもないダジャレ連発するし、女の子も引くぐらいの下ネタぶっこんでくるし、へったくそな歌うたいまくるし、基本的に空気読まれへんし、自慢話めっちゃ多いし・・・」
「いや、後半もう普通に悪口やから」
毒舌で鳴らすわたしだが、さすがに今はそこで止めた。
「マジであの人が、ですか?」
永島は信じられないといった顔で聞いてきた。