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せんどうらっぽ〜インドにもチベットにも行かずに自分探しが出来た話〜

第二章 啓発  3

「それでその部長さんは太客持って出て行ったってことか」

桃が尋ねると、

「いえ、部長はもう印刷業界にはいません」と永島はきっぱりと言いきった。

 

「どうせならまったく違うことをやりたいって言わはって、ぜんぜん違う業界に行かはりました」

「ほなその太客からはなんで切られてん」

当然の疑問を桃は口にした。

 

「得意先に挨拶させる時間も無く解雇したんですけど、部長はその足できっちり挨拶に行かはったらしいんです」

「まぁそうするわな」

「そこで引き継ぐであろう二代目の名前を伝えて、引き続き頼みますって頭も下げてくれたんです」

「ええ人やん、その人と飲みたいわ」

「機会があったらゆうときます」

また脱線した。

 

「それでうまいこといったん?」

仕方なくわたしが話を元に戻す。

 

「今までの流れもあるので仕方なくではあるでしょうけど、そのままお仕事はもらえとったんです」

「普通は100から急にゼロにはなられへんもんな」

「そうなんです」

「ほんで?」

「そやのに、めっちゃ初歩的なミスをしてえらい納期に遅れてしもたんです」

「ありゃりゃ」

「簡単な文字の修正やったんですけど、現場に任せきりで最終のチェックをせんと印刷してしもたんです」

「えらい子に引き継いだもんや」

「社長の息子です」

「笑い話やないか」

桃は本当に大笑いしていた。

 

「それでどうなったの?」

わたしが先を促す。

 

「納品が終わって、お客さんとこにサンプル持って行ったときに、お客さんが気づかはったんです」

「一番あかんやつやん!」

「ほんでまたそのサンプルもすぐに持って行かんと週が明けて先方から催促されてから届けに行ったんです」

「うわ、沼ってるな」

「前の週のうちに全国出荷が終わってしもてて、もうどうしようもない状況やって」

「うんうん」

「次の週には今まで預かってた在庫商品まで一斉に引き上げられました」

そこで永島はカルピスを一気に喉に流し込んだ。

 

「最初に怒られた現場で『自分の責任じゃない』ってだいぶお客さんとこでごねたらしいんです」

「やるな、二代目!」

そこでまた桃は嬉しそうに笑った。

 

「そんな訳で年間3億の売上の穴埋めをせなありませんから、営業社員全員に新規開拓に力を入れるよう指令が出ました」

永島は桃に断ってから、タバコに火をつけた。

 

「でもみんな既存の自分の仕事やりながらですし、新規開拓ってそもそもうまくいかなくておもしろくないのでまったく成果が上がらないんです」

永島が嘆くと

「どこもそんなもんや」と、桃がグラスに氷をいれながら答えた。

 

「そのうちに二代目のイライラがピークに達して、新規開拓専用の社員を設けようってことになったんです」

「それでサモア君が任命された、と」

「はい、そういうことです」

火をつけていることすら忘れられたタバコが灰皿の上で長い灰に変わっている。

 

「で、なに?営業で結果がでえへんから落ち込んでんの?」

桃が尋ねると永島は

「もちろん結果が出ることが一番なんですけど、もしかしたらそれよりもっと根本的なとこに問題があるんちゃうかと考えるようになってまして・・・」と歯切れが悪い。

 

桃はまた、黙ったまま永島が話し出すのを待つ姿勢になった。

こうなるとわたしも迂闊に口は挟めない。

 

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鈴琴 皐月

鈴琴 皐月

せんどうらっぽ〜インドにもチベットにも行かずに自分探しが出来た話〜

小説家・WEBライター/ 「せんどうらっぽ」は大阪の下町にある一軒のスナックを舞台に、 そこに訪れた若手ダメ営業マンの成長物語。

  1. 第三章 営業  17

  2. 第三章 営業  16

  3. 第三章 営業  15

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