「今日も暑なりそうやな」
カーテンをものともせずに注ぎ込む強烈な光に、
僕はげんなりとなって思わず口に出してしまった。
「昨日も遅までがんばってきたんやからちょっとぐらいご褒美で涼しなってくれてもええやろ」
汗かきの僕はこのいつまでも終わらない暑さに対する愚痴が止まらない。
僕はやっとのことでのろのろと起き出し、冷蔵庫からミネラルウォーターを手に取りペットボトルのままゴクゴクと音を立てて一気に飲み干した。
以前なら目を覚ますために起きるとすぐタバコに火をつけていたところだが、
今では代わりに水やコーヒーをがぶ飲みしている。
この部屋に越してきてそろそろ3か月ということは、
僕の禁煙ももうすぐ3か月ということになる。
喫煙者に厳しいこの街では、タバコを吸える場所を探す労力よりいっそ禁断症状と闘う労力の方が易しいのではないかと思い立ち、もう何回目なのかも覚えていない禁煙に挑戦を決めたのだ。
かつてないほどの長期間の禁煙なので盛大に新記録のお祝いなどしたいところだが、
残念ながら出勤の時間が刻一刻と迫っている。
大急ぎでシャワーを浴び、Tシャツに短パンといういつもの出勤スタイルに着替えて家を出る。
朝食用にコンビニでおにぎりとコーラを買って駅に急ぐ。
時間を惜しんで、電車を待つ間のホームでおにぎりをほおばりコーラで流し込む。
「気持ち悪い食い方すなっ!」
あの人が隣にいれば間違いなくそう突っ込まれそうだと、思わず笑みがこぼれる。
国籍不明の小太り男が駅のホームでおにぎりとコーラを持ってニヤニヤしている。
通報されても文句が言えない状況であることに気づいて、僕は大慌てで緩んだ口元を引き締めて辺りを見渡す。
誰にも見咎められていないことを確認しほっと胸をなでおろしかけたその時、
なにやらアナウンスが流れてきた。
相変わらず何を言っているのかよく聞き取れないが、
恐らく電車の到着が近いのだろうとここ数ヶ月の習慣が脳内で僕に知らせる。
少しずつこの街での生活にも慣れてきた。
考えてみれば去年の今頃はスーツを着て走り回っていた。
あの頃は今の僕を想像すら出来なかった。
こんなにも一日の始まりが楽しみになる日々を過ごすことが出来るなんて。
視界の隅で電車がホームに滑り込んでくるのが見えた。
さぁ、今日も一日が始まる。
職場に行くことにわくわくしている自分を努めて落ち着かせる。
電車が到着し、けたたましくも聞き取れないアナウンスとともに扉が開く。
僕はすばやく乗り込んで空いている座席を探す。
通勤ラッシュが一段落したこの時間帯は比較的車内も空いていていつも座ることが出来る。
僕は日差しが当たらない側の座席を確保してから、耳にイヤホンを突っ込んで目を閉じた。
カラオケでよく歌った懐かしい曲が僕に時間と空間を超越させる。
はやる気持ちを一旦リセットする為の大切な時間だ。
意識だけをタイムスリップさせて、
僕はもらった言葉の数々をゆっくりと思い出す作業に入った。