「その酒なに?
そのはしっこの見たことない形のボトル」
入口のドアから最も遠い席。
カウンターの中にいるわたしから見て一番左側。
店全体が見渡せるいつもの指定席で、いつもの黒霧島のロックを飲みながら、
キープされたボトルたちが綺麗にディスプレイされている棚からその見慣れないボトルを、彼は見つけ出した。
それぞれが己の存在を主張するように、他の焼酎やウィスキーのボトルはまるで「俺が!俺が!」と言わんばかりにその野太い形状や華やかなラベルを誇示している。
そんな屈強な猛者たちが居並ぶガラス製の棚の一番端っこで、ほっそりとしたそのスリムな形とともに、ラベルを剥がしたいわば裸のボトルはかえって彼の気を引くことになったのかも知れない。
「塔子ちゃん、そのボトルちょっと見せて」
予想された彼の言葉に軽く返事をして、わたしはガラスの開き戸を開けてそのボトルを彼にそっと手渡した。
「なんやこれ!」
彼は驚いたように叫んだ。
いや、本当に驚いていた。
「フタも普通のくるくる回したりポンッて抜いたりするやつちゃうやん」
不思議そうにまじまじとボトルを眺めている。
20時の開店とほぼ同時にやって来た彼にとって、
他の客が来るまでのちょうどいい時間つぶしになったようだ。
「これ、フタってゆうよりキャップやん!」
だんだんと正解に近づいている彼を見て、わたしもつられて楽しくなっている。
「いや、これ、どっかで見たことあるぞ・・・、そや!カルピスやん!!」
その通り。
「マジか!この人カルピスをキープしてはんの??」
格好の退屈しのぎに、彼のテンションも最高潮に達している。
「そう。正解」
わたしが答える。
「その人、いっつもそれで水割り飲んではるねん」
「いや、カルピスは基本水割りやないか!」
ボトルに向かって楽しそうに突っ込みながら、彼は続ける。
「え?なに?ほんでこの人、『サモア』て書いてるやん。」
裸のボトルにかけられたネームプレートを指先でつまみ上げている。
「ヤバイやん、『カルピスの水割りを飲むサモアの怪人』!」
「いや、『怪人』とは書いてないでしょ」
わたしが笑いながら訂正する。
「え?外国の人ちゃうやんな?」
「日本の人やで。本名は永島さん。」
「そこは普通なんかい!」
「でも興味でてきたでしょ」
わたしの問いかけに彼はすぐ、「いやそら興味しかないわ!」と返してきた。
「めちゃめちゃおもろい人なんやろなぁ」
彼はその奇っ怪なボトルの持ち主を欲した。
「だいたい何時ごろ飲みに来はんの?」
「たぶん今日は雨やから来てくれはると思う」
「雨やったら来はんねや」
「雨の日はお客さん少ないから、気を遣って来てくれはるねん。優しい人やで」
わたしが言い終わらないうちに、彼の目はもう入口に釘付けになっている。
腕時計に目やると、時刻は21時を少し過ぎていた。
現れるとすればそろそろだろう。
わたしも早く二人を逢わせたくてわくわくしてきた。
心根は優しいが、あるいはそれゆえ営業の仕事で結果が出ていない永島。
いくつもの肩書きを持ち、不思議な説得力を持った言葉を放つ自由人の桃。
桃の気まぐれな退屈しのぎが永島の成長につながることを、
以前からわたしは秘かに願っていたのだ。