「やっぱ迷惑ですよね。ほとんどイヤな顔されますもん」
「自分でわかってるやん」
桃はそう言ってまた笑った。
「その大事そうにしてる本には『飛び込みせい!』って書いてあんの?」
「飛び込みは本じゃなくて社長の指示ですね」
「噂の二代目ボンボン社長ね」
「そうです」
「そやけど飛び込みなんかほとんど成果上がらんやろ?」
「上がりません」
「そんなんアポ無しで来られても迷惑なだけやしな」
「でもテレアポもしてるんですけど、取り次いでもくれませんねん」
「まぁそうやろな」
「本にも書いてあるんです。アポの取れやすい曜日とか時間帯とか・・・」
「うんうん」
「でもそこまで行くことすらできへんのです」
「本読んで勉強したことを活かせる場がないんや」
「『担当者は不在です』ゆわれたらもうどうすることもできません」
「そやわな」
「『お戻りは?』ゆうても『わかりません』で、もう“終了~~!”なんです」
「本ではうまいこといくのにな」
「そうなんですよ」
「まぁうまいこといってへん本なんか誰が買うねんゆう話やからな」
そこで男二人は揃って小さく笑い合った。
「僕が読んでた本には『営業は特別な職業や』みたいなことが書いてあったんですよ。『選ばれた人にしか出来ない』って」
「ほう」
「魔術師みないなカリスマ営業マンが、会話の仕方からアポの取り方、相手が契約したくなる方法まで、手品みたいにあれよあれよと進めていくんです」
「うん、すごい営業さんやね」
桃はそう言って、また笑った。
「どうやったら本の人みたいにうまいこといくんでしょう」
「本はうまいこといかんと売れへんからな」
「じゃ本ほどは無理としても、どうやったら飛び込み営業ってうまくいくんですか?」
「飛び込み営業で成果出す方法って質問なら、それは簡単やで」
「ホンマですか?!」
永島は勢い込んで叫んだ。
「うん、簡単」
「ぜひ教えてください!」
「成果が出るまで続けるだけ」
「は??」
「ってか、それしかない」
「そ、それしかって・・・」
「飛び込み営業ってそうゆうものなのよ。サモア君の場合やったら『たまたま印刷物の仕事があるけど、たまたま馴染みの業者が廃業したとかあるいは別の事情で受注できへんとかの状況で、でもたまたまその仕事は大急ぎで発注せなあかん納期で、たまたまそこにサモア君が営業にやってきた』みたいなんに当たるまで飛び込み続ける」
「それやと今と・・・」
「そう。なんも変わらん」
「・・・ですよね」
「うん。サモア君がやってることってそうゆうもんやねん」
「やっぱりそうですよね」
永島は力なく言った。
「そもそもさぁ」
そこで桃はグラスの中の液体をひと口流し込んでから、続けた。
「『営業が特別な仕事』やとか『選ばれたもんしかできへん仕事』やとか、書いてることを全部鵜呑みにするのはやめた方がええよ」
「自己啓発のときと一緒ですね」
「いや」
桃はそこで首を振った。
「自己啓発は基本自分の中だけで完結するもんやからまだかわいいねん。けど『営業してるもんは特別や!』みたいな話になると営業以外の職種をバカにしてるみたいに聞こえかねんから気ぃつけなあかん」
「確かに自己啓発とは違いますね」
桃は続ける。
「営業は特別でもなんでもない。むしろ営業は誰でもできる」
「誰でもですか」
「そう誰でも。必要なんはそこそこの見れくれとほんのちょっとのやる気だけ」
「やる気はまだしも、見た目も要りますか」
「要るよ。あくまでそこそこやけど」
「そこそこてまた微妙ですね」
「要は相手に不快感を与えへんかったらええ程度」
「あぁ、そうゆうことですね」
やっとそこで永島は納得したようだった。
「特別な才能も必要ないし、難しい資格を取る必要もない」
と桃が言うと
「言われてみればそうですけど・・・」と、永島は今度は少し不満そうだった。
「ドラマとかの影響で“営業=キツい仕事”みたいなイメージが定着してもおてるから、ゆうたらあの手の本は“営業は素晴らしい職業なんですよ”て、それまでに営業についたマイナスのイメージを修正してくれてはおるねんけどな」
「確かに『ノルマ達成できんで上司に追い詰められて自殺してしまう』みたいなドラマ観たことある気がします」
「営業てイメージ悪いもんな」
「人気の職種ではないですよね」
と言って二人は仲良く笑い合った。