カウンターに二人の男が座っている。
一人はTシャツにジーンズというラフないでたちで黒霧島のロックを飲み、もう一人は小太りな体には不似合いなぐらいややきつそうなスーツ姿で、カルピスの水割り(いわゆる普通のカルピス)を飲んでいた。
時刻はまだ20時を少し過ぎたばかり。
開店しているとは言え、スナックにはまだ早すぎると言っていい時間帯だ。
いつもなら桃とわたししかいないこの時間に、今日の一番乗りは永島だった。
極端に客足が減ってしまう水曜日。
ママのありすは半ば定休日になっているし、わたし以外の女の子は当番制で最低一人は出勤することになっているが、それも自由出勤に近い。
いつ来るかもわからないし、ひょっとしたら来ないままかもしれない。
もっともそのおかげでわたしは今日こそこの二人の会話をじっくり楽しむことが出来そうだ。
二人は再会を祝して乾杯し一口ずつそれぞれの好みの液体を口に含んでから、わたしにも生ビールをすすめてくれた。
「こないだ初めてしゃべったときから思ててんけどな」
わたしが「いただきます」と、グラスを一段低めにして二人に合わせた後、桃が永島に話しかけた。
「はい、なんでしょう」
永島がやや緊張した顔で答える。
「いや、そんなたいした話やないねんけど」
「はい」
まだ永島の表情は固い。
「永島くんてラグビー部やった?」
「高校生の時とかですか?」
「まぁ高校に限らず中学でも子どもの時でもええねんけど」
「いや、人生で一回もラグビーに関わったことないですね」
「え?そうなん?」
「そんな話ししましたっけ?」
「いや、永島くんてめっちゃラグビーがうまそうな顔してるよなって思っててん」
「顔ですか?体つきじゃなくて?」
「うん、顔」
「普通体つきとか見てそない言いません?」
「いや、君の場合は顔やねん」
「それ、僕の顔がトンガとかサモアとか、あっちのほうの人の顔に似てるからちゃいます?」
「おーっ!それやわ!」
「今時ルッキズムはコンプラに引っかかりますよ」
「まぁうちらしかおらへんからええがな」
「僕のカルピスのネームプレートって見はりました?」
「せやっ!『サモア』って書いてたわ!」
「あれ、会社での僕のことをそう呼んではった人がおったんです」
「抜群のセンスやな」
「中学生の時はクラスの一軍の子から、『お前トンガ人に似てるな』ってゆわれたことあります」
「筋金入りの顔やねんな」
「それから中学校三年間は『トンガ』っていうあだ名でした」
「だいたい一軍の子ってセンスええのよね」
「そうですね、僕は恥ずかしながら三軍ぐらいでした」
「そんな謙遜して~、ホンマは五軍ぐらいちゃうかぁ?」
「謙遜の意味わかってはります?」
「ほな今日からおれも『トンガ』って呼ぶようにするわ」
「いやそのあだ名、あんまり好きちゃうかったんですよ」
「わかった!ほな『サモア』にしよ!」
「いや、だからって別に『サモア』を選んだわけでも・・・」
二人はすっかり息の合ったコンビになっていた。
その後はわたしにも話を振るなどして桃が場を回し、永島改めサモアが話し出しやすい環境を作ってやっていた。
桃のロックグラスに3杯目のおかわりを注ぎ入れていたその時、久しぶりに訪れた一瞬の静寂を待ち構えていたかのように、永島が「ちょっといいですか?」とその静寂を割った。