「で、なんの話やったっけ?」
「だから、実践して成功するのかって話!」
わたしが言うと、「あぁ、そうか」とやっと思い出したようだった。
「書く側が売る為に書いてるゆう話はしたわな?」
「はい」
「ほな読む側はどない思て読んでんねやろ」
「それはゆうた通り、『成功したい』って思いからに決まってますよ」
「ほななんでみんな『やりなさいよ』って書いてること実践せえへんのやろ」
「それは・・・」
永島が言葉に詰まる。
「ええのよ、責めてんちゃうし。なんでかわかるかなって思て聴いただけやから」
「え?桃さん、答えわからはるんですか?」
「ホンマは君もわかってんねんで」
「僕もですか?」
「そや」
永島は真剣に考え込む顔になった。
「こんなことでクイズしてもしゃあないから教えたるわ」
永島の顔が明るくなった。
また桃は椅子の向きを変えて、永島に正面を向いて言った。
「読む人もみんなわかってんねん。こんなことしたって自分は成功でけへんって」
「えっ・・・!」
「君ももちろんわかって読んでんねん」
「あ、いや・・・」
「ゆうてるやん。みんなそうやって」
永島はまた黙ってしまった。
「本を読んで、『実践したら成功しますよ』って書いてくれてんのに、それでも動かへん。それは怖いからやねん。ホンマに真剣に実践してみて、もし成功せえへんかったらもうすがるもんが無くなるってゆう恐怖からやねん。んで逆にそれは『自分が成功できてないのは実践してないからや』って心の拠りどころでもあんねん。と同時に『本気出して実践したら成功できる』って保険の役割でもあるわな」
永島は口をぱくぱくさせて、何か言いたげに、でも言葉がうまく出てこないといった面持ちになった。
桃の言ったことが図星だったのか、それとも本当に虚を突かれての表情なのか、わたしには判断がつかなかった。
「おれがそうやったからな」
しばしの沈黙の後、永島を優しい目で見ながら桃が言った。
「桃さんも・・・?」
「そやで。何か本を読んでやる気になっても持続するんはせいぜい3日間ぐらい。そのうち『このやり方はおれには合わへんな』とか言い訳つけて別の本を探すねん。んで『新しい成功法則発見!』みたいな煽り文句のん見つけたら『これや!』思て即買おて読んでみてやる気に満ち溢れて。結局またすぐなんもやらんようになる。それの繰り返しや。そやから『あくまでおれの感想です』てゆうてんねん」
自虐的な笑みを浮かべてグラスを口元に持っていく桃に向かって、永島は話し出した。
「いま桃さんがおっしゃられた通りです」
桃は右手で頬杖をつきながら、永島に視線を送った。
「まったくその通りの理由でなんにも行動しないんです。もちろん根っからのめんどくさがりってのもあるんですけど、自分に言い訳ばっかりして次の本、また次の本って読んでるだけなんです。その時その時は『あぁ、ええこと書いてあるなぁ』とか『勉強できたなぁ』って思うんですけど続かないってゆうか・・・。ホンマに情けない人間なんです」
永島の目から涙が流れて、グレーのスラックスの太もものあたりに落ちていった。
「なにをヘコんでんのか知らんけど、そう悲観的にならんでもええで。おれかてそうやし。たぶん他のみんなもほとんどそうやし」
永島は顔を上げて桃を見た。
「僕どうしたらいいですか?」
今までで一番真剣な永島の顔を見た。
「自分なりにがんばってきたつもりやったんですけど、なんか全部無駄やったみたいやし」
すがるような目で桃を見て、永島は言った。