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せんどうらっぽ〜インドにもチベットにも行かずに自分探しが出来た話〜

第二章 啓発  9

「僕の頭の中になにがあるんですか?」

永島は自分の頭を指差して桃に尋ねた。

 

「ちょっと整理してみよか」

桃の提案に永島も、そしてわたしも身構えた。

 

「自己啓発書を読み込んだって必ずしも成功者になれるわけやないし、ましてや億万長者になれる保証もない」

永島とわたしは同時に頷く。

 

「でも書いてあることを実践できれば少なくとも信頼される人にはなれるし、なぁんもせえへんような人なんかよりはそんな人のほうが遥かに成功する確率は高い。ここまでええか?」

再び永島とわたしは頷く。

 

「そやけど本に書いてあることを実際にやってみることはめちゃくちゃ大変や。やったとしても全部は無理とか一週間続けられたら奇跡に近いほどで、要するにめっちゃしんどい」

ここで永島とわたしはそれまでより大きく何度も頷いた。

 

「ほなどうしたらええか」

永島とわたしは黙って次の桃の言葉を待った。

 

「答えは簡単。そうゆう人を演じたらええのよ」

わたしたちは同時に「ん?」と眉を寄せて桃を見た。

 

「人前でだけ、そのしんどいことを実践してるって人になりきったらええだけねん」

桃は自信満々に言い切った。

 

「本に書いてあるような聖人君子みたいな生き方、そもそも死ぬまでずっとできる訳あるかいな。少なくともおれはようせんわ」

桃の言葉が次第に熱を帯びてくる。

 

「でもしたほうが信頼されるし、信頼されたら成功が近づく。ほんだら自分以外の人間にそない見えたらええだけちゃうかって考えたらええねや。信頼される人間ゆうのんを人前におる時だけ演じてたらええのよ。そもそも本に書いてある課題も習慣も意識付けも人から見られる前提やねんから、見られてる間だけちゃんとやってます感を出しとけばええだけやんか」

そこまで桃は一気にまくし立てた。

「“見られてる前提”なんですか・・・?」

「あんなしんどいこと誰もおれへんとこでひたすらしてたらその人はもう真性のドMや」

「ホンマにやってる人に失礼ですよ」

「そない考えたほうが楽やゆうことや。ずっとやらなあかん思うからしんどいねん」

 

桃の言葉に続いて、わたしは永島を見た。

彼の目に力が戻ってくるのがわかる。

 

「ほんで、どうゆう人間を演じたらええかは、何冊も本を読んだ君の頭の中にはすでにインプットされてるのよ」

力が戻った永島の目に、こんどは喜びの光が宿った。

 

「今までやってきたことは無駄や無い。だいじなんは使い方や」

永島の目は、今度は先ほどとは違う潤み方をしている。

 

「そやけど演じるのも楽やないで。それは覚えとかなあかんで」

「はい!」

「でもそれこそそうゆう意識を持ってるだけで君の所作や佇まいが変わってくるよ」

「はい」

「ほんで一人になったら思いっきり手ぇ抜いたらええねん。本に書いてある『禁じられていること』をしたったらええねん」

「はい!」

「あ、法の範囲内でな」

「わかってます!」

やっと永島にも本当の笑顔が戻った。

 

「でもなんや、サモア君はなに?億万長者になりたいん?」

「あ、いえ。決してそうゆう訳ではなく。そらお金は欲しいですけど」

「どないやねん」

「もともとは営業で結果を出したいってのが始まりでした」

「あぁ、そっかそっか」

「そうです。それで部長に相談して本を読まないとって思って・・・」

「ほんで袋小路に迷い込んでしもたと」

「そうゆうことです」

桃と永島は同時に笑った。

 

「サモア君のことやから営業系の本もようけ読んだんちゃう?」

「おっしゃるとおりです」

「そやろな」

「でもやっぱり結果は出ません」

「うん。よし、ほな来週は営業ゆう仕事のこととかの話をしよか」

 

ちょうどその時、愛ちゃん目当ての工員コンビが来店した。

桃は彼らと軽く挨拶を交わし、永島を見てカラオケを始めるよう促した。

 

(つづく)

 

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鈴琴 皐月

鈴琴 皐月

せんどうらっぽ〜インドにもチベットにも行かずに自分探しが出来た話〜

小説家・WEBライター/ 「せんどうらっぽ」は大阪の下町にある一軒のスナックを舞台に、 そこに訪れた若手ダメ営業マンの成長物語。

  1. 第三章 営業  17

  2. 第三章 営業  16

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