「いや、でも本いっぱい読まんと成長できませんやん」
桃の言葉に永島は食い下がる。
「ほんでその先に成功があるんちゃうんですか?」
永島は半分泣き出しそうな顔で桃に尋ねた。
「いかにもどっかの本に書いてそうなフレーズやな」
桃は苦笑しながら、続けた。
「あのな」
桃は諭すような口調に変わっている。
「自己啓発の本ばっかり読んだからって成長できるもんやないねん。ましてや成功するやなんてそんな簡単なわけないやん」
「でも読まないよりマシでしょ?」
永島が反論する。
「そらそうや」
桃は大きく頷いた。
「読まんよりは、読んだほうがええっちゅうのは、そらサモア君のゆうとうりや」
何か言いたそうな永島を手のひらで制して
「でもな」と桃が続けた。
「そんなぎょうさん読んでもしゃあないねん」
永島は言っている意味がわからないといった顔をして桃を見つめている。
「自己啓発でだいじなんはいろいろ本を読み漁ることやないのよ」
永島はもう真剣な顔になって聞き入っていた。
「読めば読むほど成長できて知らん間に成功できてると思てたんやろうけど、そんなわけない。それやったら読書好きは全員成功しとかんとおかしい」
桃の言葉に、それでも永島は納得がいかない。
「そのまま自己啓発の本をぎょうさん読んどったらどうなると思う?成長できるとか成功できるとか書いてあるやろうけど、ホンマはちゃうねん」
「じゃどうなるんですか?」
永島が恐る恐るといった感じで尋ねる。
「ただただ自己啓発にめっちゃ詳しい人になるだけやねん」
今度は永島が無言になる番だった。
桃の言葉が続く。
「自己啓発書を書いてはる人って、なんであんな本書いてはるかわかるか?」
永島は無言で首を振る。
「あれがあの人らの仕事やねん。要は商売で書いてはんのよ」
「商売・・・?」
「そうや。だいたい自己啓発書なんてのはほとんどおんなじことしか書いてへんねん。おんなじことを違う言い方でさも『画期的な成功法則を発見しました!』みたいにしてるだけやねん」
「は、はぁ」
「勘違いしたらあかんけど、本を読むのはええことやねんで。それはもうめちゃめちゃええことやねん」
「はい!」
「自己啓発書もおもしろいもんはホンマにおもしろいし」
「桃さんも自己啓発書を読まはることあるんですね」
「読むよ。サモア君みたいに手当たり次第ゆうことはせえへんけどな」
そこで桃は少し笑って、そして久しぶりに黒霧島で喉を湿らせた。
「読書に限らずやけど」
桃が再び話し始めた。
「目的と手段を履き違えてる人がめっちゃ多いねん」
「目的と手段・・・?」
永島は真剣な表情で桃も言葉を待っている。
「そう。そもそも成功したいから本を読まなあかんて思い始めたわけやろ?」
「はい」
「目的は『成功』やん。そのための手段が『読書』なわけやん」
「そうですね」
「そやのに今のサモア君は本を読むこと自体が『目的』になってしもてんのよ」
「読むこと自体が『目的』・・・」
「ゆうなれば『読書のための読書』やな」
「『読書のための読書』・・・」
永島は桃のグラスをじっと見つめ、小声で桃の言葉繰り返すだけになってしまった。
そして
「僕がやってきたことは無駄やったってことですか?」と、ようやく顔を上げて尋ねた。
「大丈夫。まったく無駄やないよ」
桃は笑顔で永島に答えた。
しかし永島はまだ不安そうな顔をしている。
「ほら、桃ちゃんがあんまり追い込むからサモアさん落ちこんでしもてはるやん。なぁ」
わたしの問いかけに永島は「いや・・・そもそもサモアちゃうし」と愛想笑いで小さくつっこんだ。
「今そこ気になんねや」
すかさず桃が言うと、「いや、なるでしょ!」と永島は今度は大声でつっこんだ。
「そうそう、それでええ。なんも落ち込む必要ないよ」
桃が笑顔で話しかける。
「まがりなりにもそんなけ読んだら知識は入ってるやん。あとは使い方やで」
桃の言葉が続く。