「え?でその人はその後急激にV字回復ですか?」
「詳しい成績のことは桃ちゃんにしか報告してはらへんと思うよ」
「あぁそうなんですね。気になるわぁ」
「じゃそれも一緒に今日聴いてみたらええやん」
「そうします!」
永島は楽しそうな顔になった。
「でも良くなったんでしょうね。有岡さん?今めっちゃ陽気な感じですもんね」
「今年は仕事の調子もええみたいね」
「やっぱりそうなんですね。えぇ、どんな話しはったんやろ。早よ桃さんに聴きたいわぁ」
「そやね。もうそろそろかな」
わたしがそう言うと、永島の顔が明るくなった。
先ほどの本を読んでいた(というか見つめていた)顔とは雲泥の差だ。
少なくともさっきのあの顔は、一年前の有岡の顔と比べても大差ない。
自分では気づいていないだろうが、このままでは永島は間違いなく有岡と同じ道を辿ることになる。
彼には桃が必要だ。
「チリンチリン」
その時、唐突に扉の鈴が鳴った。
やっと登場した桃は、なにやら両手にパンパンに詰まったレジ袋をぶらさげている。
「お、サモア君、早いね」
「お、おはようございます!」
永島が、やや緊張した顔で応じる。
「塔子ちゃんもおはよう。これおみやげ」
「あー!ありがとう!」
もらった袋からソースのいい匂いが漂ってくる。
「来る途中でたこ焼き買おてきてん。みんなおなか減ってるやろ」
「めっちゃ嬉しいー!」
「ほら、サモア君も一緒に食べよ」
「マジすか!ありがとうございます。ってめっちゃありますやん!」
「うん。鉄板にあったやつ『あるだけちょうだい」ゆうて全部買おたった」
桃は無邪気に笑う。
「仕事終わらせてソッコーでここ来たからめっちゃおなか減ってましてん」
永島は手渡された袋からたこ焼きの入ったパックを取り出しながら言う。
「うんうん。ようけ食べ!」
桃は満足そうに笑っていた。
「まずは腹ごしらえせんと小難しい話も頭に入ってけえへんからな」
桃は指定席に腰を下ろし、わたしが差し出したすでに充分に温まっているおしぼりを受け取りながらそう言った。
「いただきます!」
言うか早いか、永島はつまようじを2本使って突き刺したたこ焼きを口元まで持ち上げ、「ふーふー」と形だけ息を吹きかけ、1個丸ごと口の中に放り込んだ。
「ぁがぁっ!!」
永島はよく聞き取れない言語を叫び、大慌てでカルピスを口に流し込んだ。
「めちゃめちゃ熱いですやん」
口の中に一気に拡がったマグマとの闘いでしばらく動けなくなっていた永島は、カウンターに顔を突っ伏した状態でやっと生還した。
「慌てるからやん」
わたしが笑いながら、彼の生還を祝福する。
「あんなおっきいのん丸ごと口の中に入れるから」
「いや、いけるかな思て」
「そら入るのは入るやろうけど」
氷とミネラルウォーターを入れたグラスを、わたしは永島の前に置いた。
「まぁサモア君が取った一番上に載ってたパックは焼きたてほやほやのんやったからな」
「そんなん先にゆうといてください!」
グラスの中身を飲み干して、永島は桃に恨み節を叫んだ。
「まぁまぁ、そない怒らんと。ゆっくり味わって食べよや。美味しいやろ?」
屈託なく桃にたこ焼きをすすめられては永島も機嫌を直すしかない。
「美味しいってゆうか、正直味なんかぜんぜんわかりませんでした」
「ホンマにここのたこ焼き美味しいらしいから。やけどせんように気いつけて食べぃ」
「はい。じゃ改めていただきます」
「どうぞどうぞ」
永島は今度は慎重にふーふーと念入りにたこ焼きを冷まし始めた。
「その間におれはこのサモア君のであろう営業の本でも読んどくわ」