スナックありすの内装は入口を入ってすぐ左に化粧室があり、右側にゆっくりとソファでくつろげるボックス席が三つ並んでいる。
そのまま奥に真っ直ぐ進むと、ボックス席側の一番奥にはカラオケ用の大画面モニターが設置されており、左側はゆるやかなカーブを描くカウンター席になっている。
ちょうどNIKEのロゴマークをバタンと寝かせたような形のカウンターには6つの椅子が並べられていて、そのカウンター席の一番奥に桃が座っている。
少し椅子を左に回転させるだけで店の中全体を見渡すことができるその席が彼のお気に入りの場所で、今では例え空いていても誰もそこには座らない、すっかり桃の指定席になっている。
もっとも今日は桃の他には誰も来店しておらず、いるのは毎日店にいるわたしと、ついさっき出勤してきた愛ちゃんだけだ。
愛ちゃんは21歳で、昼間は事務員の仕事しながら週に2~3日バイトに来ているがんばり屋さんだ。
綺麗というよりかわいい顔をしていてスタイルも良い。
愛嬌もあってかなりの人気者だが、惚れっぽいところが心配だ。
『チリンチリン』
来客を告げるドアの鈴が鳴った。
開いた扉からは一人の小太りの男が入ってきて、笑顔でカウンターに向かってくる。
桃は反射的にカウンターの中のわたしを見る。
わたしは無言で頷き返す。
「いらっしゃませ」
わたしがおしぼりを用意すると、永島は桃から二つ飛ばしたカウンターに腰を下ろした。
「水割りでいい?」
「うん。いつものんで」
わたしたちのやり取りを、桃がちらちらと、しかししっかりと見ている。
「ごめんね、急に来てもらって」
わたしは雨の日にLINEで呼び出したことを詫びる。
「いや、ちょうど良かってん」
永島はコンビニの袋にガサガサと手を入れながら快活に答える。
「ぼちぼち少なくなってきてるやろうから足しといてもらわなあかんなって思っててん」
彼が袋から取り出したのはペットボトルに入ったカルピスの原液だった。
カルピスの原液は、今ではすべてペットボトルに切り替わっている。
ありすママが用意したボトルをすっかり気に入った永島は、中身だけは自分で買ってきて持ち込むようにしているのだ。
飲み屋ではありえないそんなことが許されるのはひとえに永島の人柄によるところがもちろん大きいのだが、女の子たちには「好きなものを飲んでや」と気前良く伝えて店の売上にもしっかりと貢献しているところが最大の理由だ。
「ホンマにカルピスの水割りやん!」
わたしに勧めてくれた生ビールとブラスを合わせてひと口飲んだばかりの永島に、突然桃は大声で乱入してきた。
「あ、いりますか?これ誰でも飲んでええってママにはゆうてるんです」
永島が人懐っこく答えたが、「いや、いらんけど」と桃はすぐさま申し出を辞退した。
「そんなことより自分、スナックでカルピスの水割り飲むやなんてええセンスしてるやん」
桃はカルピスより、永島そのものに興味を持っている。
「あ、恐れいります」
「いや、褒めてはないねん!」
わたしが思っていた通り、二人の相性も良さそうだ。
永島が席を移動してすぐ隣同士になるまで、そう時間はかからなかった。