わたしが咄嗟に永島の顔を見ると、彼のまさにトンガ人だかサモア人だかを思い起こさせるクリッとした大きな目はやや下に向けて桃のキープしている黒霧島のボトルを見つめていた。
カウンターに右肘をついて、おかわりを待つ間に左手でクッピーラムネを一粒口に中に放り込んだ桃は、その切れ長な目で永島を流し見た。
しばし沈黙が続いた。
桃はまるで永島の言葉などなかったかのように黙ってロックグラスを口にしている。
彼は決して自分から聴きにいくことをしない。
相手が自発的に話し出すのを待つようにしている。
話すのも、話さないのも、人に促されて決めることではなく、本人が選択すべきことであると考えているかららしい。
桃の思惑を悟ったからかどうかは不明だが、とにかく場の空気を察した永島が、とうとう沈黙を破った。
「まったく仕事で結果が出ないんです」
意を決して話し出した永島の顔にはもう先ほどまでのような笑顔はない。
桃は無言で永島に目をやったまま先を促している。
「うちの会社、年商6億ですけど、2年前までは9億あったんです」
「えらい落ち込みようなやな」
桃が久しぶりに口を開いた。
「会社だいじょうぶか?税務調査入るレベルやで、それ」
「実際入ってましたけど、そこは問題なかったです」
二人の会話のペースは通常に戻りつつある。
「ごまかしてるとかじゃなく、落ちた原因がはっきりしてましたから」
「太客から出入り禁止にでもなったんかいな」
「なんでわかるんですか?!」
「小規模事業者で売上がそこまで下がるなんてそんなことぐらいやろ」
「出入り禁止とゆうか、いきなりスパっと切られたんです」
「そんな大チョンボやらかしたんや!」
「そうですね、直接の原因は大チョンボでした」
「前触れがあったゆうことかいな」
「もともとその得意先を開拓した営業部長がクビになったんです」
「会社の金でも使い込んでたか?」
「とんでもない!むしろめっちゃ貢献してはりました」
「ええ人やんか」
「先代に育ててもろたからって、僕らから見ても鬼のように仕事して会社に貢献してはりましたよ」
「それでも辞めさせられるってことは、使う側の問題か」
「そうです、先代の息子が入ってきてから空気が変わったんです」
「それもまたその程度の会社でよう聴く話やな」
「息子が入って来るまでは先代も部長のことをめっちゃかわいがってはったんですけど、息子が入社することが決まった途端に冷遇するようになったんです」
「ありがちやな」
桃は吐き捨てるように呟いた。
「先代がだいぶ前に第一線から身を引いてからは営業も工場も統括してその部長が仕切ってはったんで、協力会社も得意先も社員の僕らもなんとなく次期社長は部長がならはるんかもなって思ってたんです」
「ふんふん」
「年齢的にも部長は先代と息子の中間ぐらいやったんで、それもちょうどええなって感じで」
「なるほどな」
「でも先代としては息子に継がせたいって想いがありまして」
「まぁ当然やわな」
「それで結局追い込んで辞めさせはったんです」
「訴えたら勝てる案件やん」
「本気で裁判になったら余裕で勝てたんやと思いますけど、本人にその気がありませんでしたから」
「そうなんや」
「はい」
「その部長のその後も気になるけど、本題はそこじゃないもんね?」
話が脱線しそうな気配を感じ、わたしは慌てて修正する。
「そうですね」
と永島は言って、「でも部長は今も幸せに元気でがんばってはります」と付け足した。